大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)2401号 判決

原告

吉見恵

ほか二名

被告

原戸勝

主文

一  被告は、原告吉見恵に対し、金一二五万二〇八〇円およびこれに対する昭和五五年四月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告吉見恵のその余の請求およびその余の各原告の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告吉見恵と被告との間に生じたものはこれを六分し、その五を同原告の、その余を被告の各負担とし、その余の各原告と被告との間に生じたものはいずれも右各原告の負担とする。

四  この判決は、原告吉見恵勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告吉見恵に対し金七五六万円、その余の各原告に対し各金一〇八万円宛および右各金員に対する昭和五五年四月一八日から各支払済まで、各年五分の割合による金員を、各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  各原告の各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五四年六月二七日午後五時四五分頃

2  場所 大阪市東淀川区豊里町一、〇〇四番地先道路(以下、本件道路という。)上

3  加害車 普通乗用自動車(大阪五七や第六九四号)

右運転者 被告

右所有者 被告

4  被害者 原告恵(昭和四九年一二月二六日生で、本件事故当時、満四歳六ケ月であつた。)

5  態様 東より西に向つて後進中の加害車が、北から南に向つて横断歩行中の原告恵に、衝突し、加害車のタイヤが原告恵の股に、乗り上げるに至つた。

二  責任原因(運行供用者責任、自賠法三条)被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

三  損害

1  原告恵の受傷等

(一) 受傷―陰部打撲挫創、背腰部擦過傷、左膝部打撲

(二) 入通院期間

イ 入院期間―昭和五四年六月二七日から同年七月一〇日まで、一四日間

ロ 通院期間―同月一一日から同月三〇日まで、延二〇日間、実日数一一日間

(三) 受傷状況―原告恵の擦過傷は、背腰部の広範囲に及び、また、その陰部挫創は、受傷当時かなりの出血を伴い、左側外陰部より左側陰唇部を通り、腔口部を廻つて右側陰唇部に及ぶ、U字型挫創であつた。

(四) 治療時の状況―原告恵は、陰部に二〇針の縫合手術を受けたが、入院中の排尿後の局部に対する消毒処置、通院中の診察等を通じて、母親(原告美恵子)や医師、看護婦に対して、陰部を見せることを極端に嫌つており、医師の診察や治療を極度に嫌悪し、診断中およびその前後にわたつて泣き叫び、力ずくで股を開いて診断するといつた有様であり(そのために、自宅における治療および消毒を条件に、退院を早めるに至つた。)、自宅において母親が傷口の状態を心配してその観察を求めても、泣いて拒否し絶対に応じない状況にあつた。なお、消毒を嫌つたためか、無意識的に排尿回数を減らして、時々尿を漏らすという状態が、現在も続いている。

(五) 現時点の状況―〈1〉陰唇部に変形が残存し、左右が不対称になること、〈2〉挫創部位に陰毛が生えないこと、〈3〉陰部に醜悪な瘢痕(縫合痕)が残ること、以上の三点は、現時点においても、確実である。但し、それがどの程度のものになるかは、現時点においては、不明である。尤も、現時点においても、原告恵が長じて結婚・出産期を迎えた場合に、いかに甚大な精神的苦痛を受けるかは、これを容易に予測することができる。

(六) 将来の状況―原告恵に、産婦人科および整形外科的見地からみて、将来、後遺症が残ることは、十分に予想されるが、成人後でないと、性生活、受胎、出産等に対する具体的な障害の程度は判明しない(すなわち、現時点においては、不明であるといわざるを得ない。)。しかしながら、仮に、将来、原告恵に、純医学的・生理的見地からみて、性生活、受胎、出産に支障が存しないとしても、原告恵が、女性にとつて極めて重要な、婚約・結婚・出産等を迎える度毎に、多大の不安感、危惧感およびそれに伴う精神的苦痛を感ずるであろうことは疑いない。

(七) 因に、叙上のとおり、現時点においては、原告恵の後遺症につき、その全体の存否と程度が不明であり、後遺障害全体の認定が下可能であるため、原告恵の担当医は、自賠用の後遺障害診断書を作成してくれないものである。

2  原告恵の損害

(一) 治療費―金三五万三二〇〇円

(二) 入院雑費―金一万四〇〇〇円(一日金一〇〇〇円の割合による一四日分)

(三) 入院付添費―金五万六〇〇〇円(一日金四〇〇〇円の割合による一四日分)

(四) 通院付添費―金六万円(一日金三〇〇〇円の割合による二〇日分=因に、排尿・排便後の局部の処置のために、自宅療養中を含めた右二〇日間全部につき、付添が必要であつた。=)

(五) 慰藉料

イ 前記1(一)ないし(七)の諸点を総合考慮すると、金六八七万円が、相当である。

ロ なお、交通事故訴訟において損害額を定型化し類型化する傾向は、一般論としては異論がなく、また、慰藉料額の算定に際し、自賠法施行令所定の後遺障害別等級表や入通院期間を有力な資料にすることも、一応首肯することができる。しかしながら、翻つて考えてみるに、右等級表は、労働能力の喪失割合を中心にして作成されているものであるところ、原告恵の前記陰部の受傷は、何ら、労働能力の喪失と結び付くものではないため、右金額の算定は、甚だ困難となる。そこで、前記、婚約・結婚・受胎・出産等が女性の一生にとつて有する重大性を、男性が労働能力を喪失し就職・稼働できなくなる事実と比較し、両者をほゞ同等であるとみなして、あえて、金銭に換算すると、前記金額が、相当となる。

因に、本件のような特異なケースに、前記等級表や入通院期間を単純に当て嵌めて、被害者に酷となる結果を導いてはならず、慰藉料の補償的、満足的機能を発揮して、柔軟性のある金額を、算定するように、努めるべきである。

(六) 弁護士費用―金五六万円

(七) 合計―金七九一万三二〇〇円

3  両親(原告和正、同美恵子)の各損害

(一) 慰藉料―各金一〇〇万円宛

両親にとつて、娘(原告恵)の婚約・結婚・出産は、本人以上に重大な関心事であり、また、自身の喜びでもある。然るに、両親は、娘に前記の如き異常な創痕が残存することによつて、既に現在、大きな精神的痛手を被つているのみならず、将来、娘が適齢期や出産期を迎えた際に、果して、世間並みの好配偶を得て幸福な結婚生活に入ることができるかどうかを危惧する等、人の親として甚大な精神的苦痛を味うに至るであろうことも、想像に難くなく、これらを原告恵に対する金銭の賠償によつて賄うことは不可能であるから、両親には、固有の慰藉料請求権が存するものというべきであり(最高裁判所昭和三九年一月二四日判決、参照)、その金額は、各金一〇〇万円宛とするのが、相当である。

(二) 弁護士費用―各金八万円宛

(三) 合計―各金一〇八万円宛

四  損害の填補(原告恵のみ)―金三五万三二〇〇円

原告恵は、被告より、その治療費、金三五万三二〇〇円の支払を受けた。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(但し、遅延損害金は、訴状送達の翌日から民法所定年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する認否

請求原因一項1ないし4、二項、三項1(二)、(七)、同項2(一)、同項3中、原告和正、同美恵子が、同恵の両親であること、四項の各事実をいずれも認め、その余の各事実(但し、三項2(五)ロを除く。)をいずれも否認する。なお、三項2(五)ロの主張は、争う。

第四被告の主張

一  原告恵の損害に対し

1  原告恵は、発育途上にあるから、身体に存する瘢痕等は、将来消失するか、あるいは、小さくなる可能性がある。

2  それは暫く措いて、現時点における障害を基準としても、原告恵には、陰唇部に変形が存し、左側陰唇部に瘢痕が残つているだけで、他に後遺障害は見当らない。

3  ところで、原告恵の右瘢痕等(醜状)が前記自賠法施行令所定の等級表に該当するか否かを検討すると、右醜状は、外貌ではなく、かつ、例外的に非外貌の時に認められている基準(胸部においては、その全域にわたる場合が一二級、その全面積の二分の一程度で一四級、臀部においては、その全面積の二分の一を越えるものが一二級、四分の一程度を越えるもので一四級)にも達しないので、結局、非該当となる。しかして、後遺障害の慰藉料額の算定における裁判実務は、右等級表を基準に適用されているので、帰する所、原告恵の後遺障害に対する慰藉料の請求は、理由がないことになる。

因に、原告ら自認のとおり、医師もまた、原告恵に後遺障害は存しない旨、診断している。

4  なお、原告恵の慰藉料は、入通院期間等の全事情に照らしても、金二〇万円程度とするのが、相当である。

二  両親(原告和正、同美恵子)の各損害に対し

原告恵の傷害は軽微であつて、死亡と同視すべき場合に該らないから、両親(右各原告)に慰藉料請求権は、発生していない(判例)。

三  過失相殺の主張

1  被告は、歩道幅員約一・五メートル、車道幅員約七・五メートルの本件道路上に駐車中の加害車を発進させようとした際、前に他車が駐車し発進の障害となつていたため、約一メートルバツクさせたところ、加害車の死角に相当するその直後より、折から、原告恵が、歩道から車道に向つて飛び出したため、本件事故が発生するに至つた。しかして、原告恵は、原告ら自認のとおり、本件事故当時、満四歳六ケ月であつて、商店街である本件事故現場付近に居住し、少くとも、車両の直前直後横断の危険性につき事理弁識能力を有していたものというべきであるから、原告恵自身につき過失相殺を主張する。

2  仮にそうでないとしても、原告和正は、父親として、車両の往来の多い商店街付近の危険な場所において、原告恵が事故に遭遇しないように監護すべき義務を負つていたところ、原告恵が往来に出る直前まで原告恵を同伴していたにも拘らず、飲酒等のため、原告恵を右場所に放置し、本件事故に遭遇させたものであるから、原告和正につき監護義務違反による過失相殺を主張する。

3  仮にそうでないとしても、原告恵の両親(原告和正、同美恵子)の監護義務懈怠による過失相殺を主張する。

4  なお、右1ないし3を、順序を付けずに、択一的に主張する。

第五被告の過失相殺の主張に対する答弁等

1  被告の過失相殺の主張は全部争い、その基礎事実はすべて否認する。

2  原告恵は、被告主張の如く、死角に相当する加害車の直後を飛び出したのではなく、加害車と相当の間隔を置いて、幼児の通常の歩行速度で、北から南に向つて横断したものであつて、被告が、加害車のバツクミラーおよび室内ミラーにより、あるいは、加害車後方のガラス越しに、注視さえすれば、原告恵を十分に発見することができたものである。なお、満四歳六ケ月の原告恵に、前方ないし後方に現に進行中の車両の前後の横断の危険性に対する事理弁識能力は存しても、駐車中の加害車の後方の横断の危険性に対する事理弁識能力は存しなかつた。

3  被告の「過失相殺の主張」中の2は、事実無根である。すなわち、本件事故当時、原告和正は勤務先で稼働中であり、原告恵を同伴していたのは、母親の原告美恵子であつた。しかして、原告美恵子が所用で本件事故現場から約二〇メートル離れた店に立寄つていた間に、本件事故が発生したものである。

第六証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一項1ないし4の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない乙第一号証、原告吉見恵法定代理人兼原告吉見和正、同吉見美恵子各本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨を総合すると、本件事故の具体的態様等は、以下のとおりであると認められる。すなわち、本件道路は、市街地に存する、東西に走る、歩車道の区分の存する(なお、歩道は、南北両側=以下、南方歩道、北方歩道と、各称する。=に存し、その幅員は、いずれも約一・七メートルであり、また、車道は、センターラインによつて二車線に区分され、一車線の幅員は、いずれも約四メートルであつた。)、アスフアルト舗装された、平担な道路であるが、これに対し、南北に走る車道(その幅員は、約六メートルで、南側が、行き止まりになつていた。)が交差し、T字路を形成していたため、北方歩道は、右記南北に走る車道によつて東西に分断(以下、北方歩道東側部分、北方歩道西側部分、と各称する。)されていた。ところで、本件道路上に、信号機は存せず、法定制限速度は時速四〇キロメートルで、駐車は禁止されており、また、本件事故当時、路面は小雨のため湿潤状態にあり、交通量は少く、付近は照明のため明るかつた。

さて、被告は、北方歩道東側部分に沿つた車道上に、加害車を東西方向(但し、前部を東方向)に向けて、スーパーに行つていた子供を待つため、前記のとおり駐車が禁止されていたにも拘らず、約五分間、エンジンをかけたまま駐車していたが、加害車の前(東)方約〇・八メートルの所に別に車両が駐車しており、発進に際して前進することができなかつたため、やむなく、バツク灯を点灯のうえ、約〇・四五メートル後退したところ、前記車道上(但し、北方歩道東側部分の南端より、約〇・六五メートルの所)で、北方歩道東側部分より南方歩道に向つて(すなわち、北から南に向つて)、右記車道上を横断歩行中の、原告恵に対し、加害車左後部付近を衝突させ、北方歩道東側部分にまで(但し、衝突地点から約一・七メートル離れた所)、跳ね飛ばすに至つた。しかして、被告は、後退直前に、バツクミラーおよび肉眼によつて、一応、後方の安全確認はしたものの、他人に誘導してもらう事まではしなかつた(因に、伸び上つて後方の窓ガラス越しに安全確認をすることも、しなかつた模様である。)。

なお、原告恵は、母親の原告美恵子に伴われて自宅を出、一諸に本件道路付近にやつて来たが、母親より、母親が北方歩道西側部分よりさらに北方に存した「鳥の家」に所用に赴いている間に、スーパーに買物にいつて来るよう指示され(そのための金銭も渡され)たため、前記加害車の駐車位置の向い側(南側)の南方歩道に接続して存した「スーパートリオト」に行こうとして、前記のとおり、横断し始めた時に、本件事故に遭遇するに至つた。

因に、加害車の左(北)後(西)方は、左サイドミラーにより、その真うしろ(西)方向は、室内ミラーにより、いずれも、加害車後端より数メートル以上離れた地点より以降にわたつては、良好に見通せたが、加害車後端の真近(少くとも、約四メートル以内)にわたつては、いずれも、右記各ミラーによつて見通すことは、困難であつた。なお、原告恵の前(南)方および左(東)右(西)の各方面に対する各見通しは、いずれも、良好であつた。

以上の事実を認めることができ、これに反する被告本人尋問の結果の一部は、前掲証拠と対比し、措信せず、他に右認定に反する程の証拠はない。

第二責任原因(運行供用者責任、自賠法三条)

請求原因二項の事実は、当事者に争いがない。そうすると、被告には、自賠法三条により、本件事故に基く原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

一  原告恵の受傷等

1  受傷―成立に争いのない甲第五、第六号証、前記法定代理人兼原告吉見和正本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第二、第四号証によると、請求原因三項1(一)の事実を認めることができ、これに反する程の証拠はない。

2  入通院期間―請求原因三項1(二)の事実は、当事者間に争いがない。

3  受傷状況―前出甲第四、第五号証によると、請求原因三項1(三)の点および原告恵の陰部挫創は、陰唇部より腔口部全周に及ぶ、広範囲の挫創である点の各事実をいずれも認めることができ、これに反する証拠はない。

4  治療経過―前出甲第五号証、前記法定代理人兼原告吉見和正本人尋問の結果、同吉見美恵子本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。すなわち、原告恵は、前記陰部挫創のため、陰部から肛門にかけて合計二〇針の縫合手術(そのために、約一時間を要した。)を受け、さらに、前記人院期間中は、化膿止めの薬の投与、排尿および排便後の患部の消毒、ガーゼの交換や背腰部擦過傷および左膝部打撲に対する各処置等の施行を受けていたが、殊のほか、医師の診察を嫌がつて泣き出し、三人かかりで押え付けてもらつてやつとのことで診察を受ける状態であつたため、母親の原告美恵子より病院側に依頼のうえ、退院させてもらい、通院に切り換えてもらつたものの、前記通院期間中も、前記薬の投与、前記消毒の施行を受けていたのみならず、自宅療養中も(すなわち、前記通院期間中の実通院日以外の日は勿論の事、通院終了後の三ないし四ケ月間にわたつて)、親から前記消毒を受けていた。なお、原告恵は、前記通院期間中も、前記入院期間中と同様に、医師の診察を嫌がり、前記入通院期間後は、医師嫌いになつた(そのために、医者に行くのを極端に嫌がるようになつた)だけでなく、両親に対して前記陰部の傷口を見せることすら、拒むようになつた。しかして、原告恵は、前記消毒を嫌つたためか、排尿回数を減らすようになり、そのために、時々尿を漏らすようになつた。因に、原告恵は、現在も、前記陰部の傷のことを意識しているので、両親は、なるべく、これに触れないようにしている。

以上の事実を認めることができ、これに反する前記法定代理人兼原告吉見美恵子本人尋問の結果の一部は、前掲証拠と対比し、措信せず、他に右認定に反する程の証拠はない。

5  診断書の記載の変遷―前出甲第二号証、同第四ないし第六号証、前記法定代理人兼原告吉見和正本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第三号証および弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。すなわち、〈1〉まず、南部病院の南部正敏医師作成の昭和五四年七月一八日付診断書によると、原告恵は、現在通院中であるが、以後、原告恵に、後遺障害が残る見込みである、という。〈2〉次いで、同医師作成の同月二三日付診断書によると、原告恵は、依然として通院中であるが、恥骨部にX線上骨折を認めない、という。〈3〉さらに、住友病院の広瀬多満喜医師作成の同月二六日付診断書によると、原告恵は前記南部病院に未だ通院中であるが、原告恵の傷病名は、外陰部挫傷、前庭部裂傷であつて、原告恵に、現在、前庭部裂傷の瘢痕治癒を認めるものの、今後に、瘢痕ケロイドの発生の可能性および外陰部開排時における牽引痛の発生の可能性を各残している、但し、いずれにせよ、成人後でないと、判然とした後遺症の診断は困難である、という。〈4〉また、前記南部医師作成の同年九月九日付診断書によると、請求原因三項1(一)記載の原告恵の三つの傷害は全治したものの、その内、陰部打撲挫創のみは、将来、瘢痕性萎縮を起す可能性があり、経過観察が必要である、という。〈5〉最後に、同医師の同五五年五月三一日付診断書によると、陰部挫創は、同五四年七月三〇日に一応治癒したものの、同五五年五月二七日に右治癒後の状態を再診したところ、左側陰唇部に瘢痕による変形があり、左右不対称の状態である、但し、その他の腔口部挫創瘢痕は、殆んど判らない状態で、瘢痕萎縮を認めない、という。

以上の事実を認めることができ、これに反する程の証拠はない。

6  現在の状態および現時点において予測可能な状態―前出甲第二ないし第六号証、前記法定代理人兼原告吉見和正、同吉見美恵子各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる(但し、〈1〉および〈2〉は、既述5と一部重複する。)。すなわち、〈1〉まず、原告恵の陰部の瘢痕は、前記昭和五四年七月二六日付診断書において、「瘢痕ケロイドの発生の可能性を残している」と記載され、さらに、前記同年九月九日付診断書において、「瘢痕性萎縮を起す可能性がある」と記載され、最後に、前記同五五年五月三一日付診断書において、「左側陰唇部に瘢痕による変形があり、左右不対称の状態である、但し、その他の腔口部挫創瘢痕は、殆んど判らない状態で、瘢痕萎縮を認めない」と記載されるに至つている。すなわち、原告恵の瘢痕の現在の状態は、右最後の診断書に記載されたとおりになつている。〈2〉さらに、原告恵には、現在においても、外陰部開排時における牽引痛の発生の可能性が残存している。〈3〉そのため、原告恵が、将来、性交をした時に、引つ張る痛みを感ずる可能性も、存する。〈4〉また、原告恵の前記縫合部分は、他の部位よりも色が黒ずんでおり、将来、その部分には陰毛が発生しない可能性が、存在している。

以上の事実を認めることができ、これに反する程の証拠はない。

因に、右〈1〉ないし〈4〉は、労働省労働基準局長の通達である「障害等級認定基準」(法規に準ずるものと考えられる。したがつて、本来、証明の対象外というべきであるが、仮に証明の対象内としても、公知である。)によつても、「外貌」、〃「露出面」、〃「露出面以外(準用等級)」の、いずれの醜状障害にも該当しないことが、明らかである。

7  現時点において予測下可能な点―〈1〉まず、前出甲第三号証、前記法定代理人兼原告吉見和正本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告恵が、前記瘢痕等によつて、果して、将来、妊娠や出産に支障をきたすか否かは、現時点では判らない(すなわち、成人後でないと判らない)ことを認めることができ、これに反する程の証拠はない。〈2〉さらに、請求原因三項1(七)の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告恵の損害

1  治療費―金三五万三二〇〇円

請求原因三項2(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  入院雑費―金一万四〇〇〇円

前記のとおり、原告の入院期間は一四日間であつたことが明らかであるところ、本件事故当時の入院雑費は経験則上一日金一〇〇〇円が相当であるから、金一万四〇〇〇円となる。

3  入院付添費―金四万二〇〇〇円

前出甲第五号証によると、原告恵は右入院期間中付添看護を必要とし、その母親である原告美恵子が右期間中付添をしたことを認めることができ、これに反する証拠はない。しかして、本件事故当時の近親者入院付添費は経験則上一日金三〇〇〇円が相当であるから、金四万二〇〇〇円となる。

4  通院付添費―金三万円

前出甲第六号証、前記法定代理人兼原告吉見美恵子本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告恵は、前記通院当時、満四歳七ケ月前後であり、実通院期間中付添を必要としたのみならず、右実通院日を除いた日(すなわち、自宅にいた日)も、排尿および排便後の局部の処置のために付添を必要としたこと、また、母親である原告美恵子が右通院期間(前記のとおり、延二〇日間)中付添をしたこと、を各認めることができ、これに反する証拠はない。しかして、本件事故当時の幼児に対する近親者通院付添費は経験則上一日金一五〇〇円が相当である(因に、前記実通院日以外の自宅付添日の付添費も、本件の場合は、右通院付添費に準じて、一日金一五〇〇円とするのが相当である、と考える。)から、金三万円となる。

5  慰藉料

前記認定の、第三、一、1ないし6(但し、右6の点は、厳密にいえば、長ずるに従つて、縮小ないし消失する可能性も、存する、と考えられる。)の諸点、本件事故の態様、原告恵の年齢、性別、その他諸般の事情を総合考慮すると、金一二〇万円とするのが、相当である、と考える。

因に、前記認定の第三、一、7の点は、現在(すなわち、本件口頭弁論終結当時)、予測することが不可能であるから、慰藉料額の算定にあたつては考慮するに由なきものである、と考える(最高裁判所昭和四二年七月一八日判決、同裁判所同四三年三月一五日判決、同裁判所同年四月一一日判決、各参照)。

6  総損害額―金一六三万九二〇〇円

三  両親(原告和正、同美恵子)の各損害

右各原告が原告恵の両親であることは、当事者間に争いがなく、また、前記法定代理人兼原告吉見和正、同吉見美恵子各本人尋問の結果を総合すると、右各原告は、両親として、娘の原告恵が、前記瘢痕等により、将来、消極的性格になつたり、人並みに恋愛、生理、結婚、性生活、妊娠、出産等をしていけるか否かを、危惧していることを認めることができ、これに反する証拠はない。

そこで考えてみるに、右認定事実によれば、右各原告の精神的苦痛は、主として、将来(すなわち、本件口頭弁論終結時以降)に対するものであるところ、既述の前記第三、一、7によれば、その多くは現在(すなわち、本件口頭弁論終結当時)予測することが不可能である、というのであるから、結局、本訴において、右各原告に対して考慮すべき範囲は、大きくみても、右各原告が、主として、既述の第三、一、6(但し、前記のとおり、将来、縮小ないし消失する可能性も、存する、と考えられる。)に関し、原告恵が概ね満十二歳前後(最高裁判所同三九年一月二四日判決およびその原審である東京高等裁判所同三七年一二月一四日判決、各参照)に達するまでの間(換言すれば、原告恵の後遺症の全体について、その存否と程度が明確になるまでの間)に、被るであろう精神的苦痛に限られるもの、と解するのが相当であるが、右各原告の右対象および右時的範囲に限定されたうえでの精神的苦痛は、未だ、「原告恵の生命を害された場合に比肩するかまたは右の場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛」(最高裁判所同四三年九月一九日判決、参照)の程度には、至つていないもの、といわざるを得ない、と考える。したがつて、右各原告の各慰藉料の請求は、いずれも理由がないことに帰する。

第四過失相殺

前記第一で認定した事実によれば、被告には、後退するに際して、伸び上つて後方の窓ガラス越しに安全確認をするとか、他人に誘導を依頼する等の、事故回避のための万全の措置を怠つた旨の過失が存したもの、といつて差し支えないが、他方において、原告恵の母親である原告美恵子にも、本件事故当時(夕方であり、かつ、小雨が降つていた。)、満四歳余りにすぎない原告恵を、単独で、車道を横断した向い側に存したスーパーにまで、買物に赴かせた旨の、監護義務懈怠の過失が存したことは否定し難く(なお、右過失が被害者「側」のそれに該ることは、いうまでもない。)、しかも、右過失も、本件事故の発生の一因を成しているもの、と考えられるから、右記被告の過失の態様、その他諸般の事情も総合考慮のうえ、原告恵の総損害額の一〇%を減ずるのを相当と考える。そうすると、原告恵の過失相殺後の損害額は、次の算式のとおり、金一四七万五二八〇円となる。

算式 一六三万九二〇〇×〇・九=一四七万五二八〇

因に、右のとおりであるから、過失相殺に関する被告のその余の論点については、こゝに触れるまでもないことになる。

第五損害の填補(原告恵のみ)―金三五万三二〇〇円

請求原因四項の事実は、原告恵の自認するところであるから、原告恵の右過失相殺後の損害額から右填補分を差し引くと、残損害額は、金一一二万二〇八〇円となる。

第六弁護士費用(原告恵のみ)―金一三万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、金一三万円とするのが、相当である。

第七結語

よつて、原告恵の本訴請求は、主文の限度で理由がある(なお、遅延損害金は、訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五五年四月一八日から支払済まで民法所定年五分の割合による。)から正当として認容し、原告恵のその余の請求およびその余の各原告の本訴各請求は、いずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳澤昇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例